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がちんこ!!サーキットへの道
お城探訪14「太田金山城の巻」
皆さん( ゜▽゜)/コンバンハ。
エムロックです。

さて、お盆も終了し夏の終わりが近づいてきましたね(;´∀`)
ちょっと寂しいですが、7月14日にサスペンションを入れ替えた後・・・。

我が第2の故郷、群馬県は太田市のお城を探訪してきました( `ー´)ノ
では、概要です。

№14 太田金山城
所在  : 群馬県太田市金山町
築城年 : 1469年
主な城主 : 岩松家純、後北条氏
遺構 : 石垣、土塁、堀、堀切

岩松氏によって築かれ、その後横瀬氏、由良氏と城主が変わり、戦国期の関東七名城の一つとして有名。
上杉氏や武田氏との攻城戦を数十回も持ちこたえた堅城である~。

金山城②
金山城跡が近づいてきましたよ。

愛車①
愛車を止めて散策に出発!!

金山城③
しばらく歩くと・・・・。
立派な建物があります。
「史跡金山城跡ガイダンス施設」 で、この城跡の周辺情報を教えてもらえます。
職員さんが言うには、もう少し上まで車で行くことが出来るとのこと・・・。

早めに聞けてよかったぁ~(;^ω^)
先ほどの駐車場にもどり専用駐車場に向かいます。

お待たせしました!!
再開です。

金山城④
ガイダンス施設でもらった案内片手に探索スタート!!

金山城13
でっかい案内看板発見。
本丸まで15分くらいで行けるとのこと。

金山城16

金山城18
西矢倉台下堀切
ここで、やってくる敵兵を迎え撃ったのでしょうか。
この部分はまだ小規模なのかな?

さらに歩を進めます。

金山城23
おっ!!
なにやら石垣のようなものが見えてきましたよ~。(ワクワク)

金山城26
ファンタスティック!!
案内によるとこれは、「物見台した虎口」とのこと。
通路の正面を石積みし、その先を見えないようにしたそうです。

金山城28
この虎口の前面には、物見台下堀切がありさらに防御力が高そうですね。
それにしても、立派な石積みだぁ(*^^*)

この先はどうなっているのか? ワクワクが止まらん!!

金山城33
さらに歩を進めると、なんだか歩きにくい箇所が💦

金山城34
馬場下通路らしいこの道路。
石をわざと凸凹に配置して、歩きにくくしてあるんですね。

転倒注意!!

金山城37
物見台下ということは、物見台もあるはず!!
ここは、見応えがあるお城だ!!

金山城40

金山城41
物見台に着!!
先ほどの虎口が真下に見えます。

ここからは攻め放題(笑)

金山城42
物見台から見る太田市内。
見晴らし最高!!

物見台から少し進むと広い場所に。
馬場曲輪らしい。(うかつにもここの写真を撮ってませんでした💦)

金山城46
馬場曲輪の終わりには、縁切りするかのように大堀切があります。

金山城49
このお城で最大の堀切・・・。

堀切を超えるとメインの大手虎口が望めます・・・が、 「暑い(;^ω^)」
この日もめちゃ暑~!! 夏のお城巡りは飲み物必須。
熱中症にお気をつけください。( 自分もふらふらになりました(+o+) )

金山城50
大手虎口
すごいの一言。
石垣は関東ではあまり見ないらしいのですが、立派な石垣です。

金山城53
高く積まれた石垣が敵を威圧します。

金山城57
再現された建物。「遺構展示施設」 往時は武器庫兼兵士の詰め所だったとのこと。

金山城58
中もきちんと再現されております。

金山城64
日ノ池。
ここで、戦勝祈願や雨乞いなどが行われたとか。

金山城69
日ノ池を超えると本丸跡には神社が建っています。
本丸到着です(^^)/

とっても見応えのあるお城でした。
もう少し涼しい季節に訪れた方が良いかも(◎_◎;)

金山城77
それと、雨対策に排水路が多いのも特徴的でしたね。
以上お城探訪記でした。

それではおやすみなさい。




あっ!!
東京でみた「江戸城」忘れてた(;^_^A

ということで、次回は「江戸城」です(`・ω・´)ゞ



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お城探訪13「甲府城の巻」
皆さん( ゜▽゜)/コンバンハ。
エムロックです。


毎日あついですねぇ(;^ω^)
もう暑さは十分堪能したので、もう少し落ち着いて欲しいものですね。

さて、6月に富士24hレースを見に行った帰り、躑躅ヶ崎館の付近で甲府城も近くにあることを確認!!
これは、見に行かねばと一路向かった次第でございます!!

甲府の中心地のため、駐車場はなし。
近所のコインパーキングに車をとめてレッツゴー。

では、概要です。

№13 甲府城(別名:舞鶴城)
所在  : 山梨県甲府市丸の内
築城年: 1593年
主な城主:浅野長政、徳川義直、柳沢吉保
遺構  : 石垣、堀

豊臣秀吉が徳川家康に対抗するため、甲斐の要地に築いた城。
重臣浅野長政が入城し関東を睨む重要拠点であった。
江戸時代には、徳川家の居城となる。

甲1
入口に到着!!
さすがに、重要拠点であっただけに石垣がすごい!!

甲3
堀も立派。

甲5
かなり広いぞ!!
これは、攻略がいがありますねぇ(*´▽`*)

甲6
石垣の整備中らしく工事関係者が忙しく動いておりました。

甲7
まずは、数寄屋曲輪にいってみようかな。

甲8
数寄屋曲輪跡。
本当に跡です( `ー´)ノ


甲10

甲9
数寄屋櫓の階段から数寄屋曲輪を望む。
けっこう急です(;^ω^)

この日もけっこう暑かった~。

甲13
次は本丸を目指します(*´▽`*)

甲15

甲16
石垣の積直しをした痕跡のようで二重になってます(゚д゚)!

甲22

甲20
稲荷櫓。
平成16年度に再建された櫓。
とても綺麗ですね(੭ु´・ω・`)੭ु⁾⁾

甲23
本丸石垣が見えてきましたよ!!
下からかなり高低差があります。

甲24
工事中で入れないのかな?
いや、大丈夫でした( ´∀`)b

下から見ていた時は、石垣の補修かと思いましたが木柵を直していたんですね。

甲26
ここの石垣すごいぞ!!

豊臣秀吉が如何に徳川家康を恐れていたかが分かります。

甲33

甲32
いよいよ天守台!!
いざっ。

甲37
天守台から見る甲府市街は格別。
天守閣があったときは更に遠くまで見下ろせたことでしょう。

甲51
帰りは鉄門をとって帰ります。
これも、復元されておりとっても綺麗°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°

甲54
真新しい門も良いものですね。

甲56
下から見上げた鉄門。
これは攻める気なくすわ・・・。

甲66
以上甲府城でした。
なかなか、高低差がうまく演出されており防御能力の高さと権威が表されております。

見どころ満載で、まだまだ載せきれませんが後は皆さんの目で確かめてみるの良いかも。
ではおやすみなさい!!
お城探訪12「躑躅ヶ崎館」編
皆さん( ゜▽゜)/コンバンハ。
お久しぶりです。

皆さんは3連休いかがお過ごしでしょうか。
私は、車の部品を取り付けに東京までいって、お城を見たり峠に行ったりとずいぶん
楽しみました( `ー´)ノ

・・・とその模様はまた後でお伝えしますが今回は、6月に24時間レースを見た後に
訪れたお城について記事を書きま~す。

6月4日の早朝・・・。
前日ぐっすりと寝た私は体調万全!!

道の駅須走から見える富士山も完璧な姿を見せております。
躑躅①

いざ甲府へ向かいます!!


高速道路を走ること約1時間30分で目的地の武田神社=躑躅ヶ崎館に到着しました。

№12 躑躅ヶ崎館(武田神社)
所在  : 山梨県甲府市古府中町
築城年 : 1519年
主な城主: 武田信虎、武田信玄、武田勝頼
遺構 : 石垣、土塁、堀、馬出
      武田氏による甲府支配の拠点になった城。
      信虎、信玄、勝頼と3代にわたって使用され、武田氏滅亡後は織田信長の家臣や
       豊臣秀吉の家臣が入り改修が繰り返された。

躑躅②
現在は、武田神社がありまして城跡というよりは信仰の対象として神々しい雰囲気がございます。

躑躅③
絶えず人が訪れます。
人気ありますなぁ(*´▽`*)

躑躅⑧
神社全図。
要害山城もありますが、今回は時間の縛りもあるのでパス・・・。
また今度来ます(੭ु´・ω・`)੭ु⁾⁾


躑躅⑥
お堀の名残。

躑躅⑨
これはレプリカですが、おなじみの孫子の旗がはためいております。
動かざること山のごとし・・・。

その後は、資料館で色々な資料を見ましたが、館内は撮影禁止・・・。
やはり神社なので、そんなにお城としての遺構はないのかなぁ。 とうろついていると。

躑躅18
遺構発見!!
実は現在の参道は大手口じゃなかったようですね。

躑躅19
発掘が進み、昔の大手口の遺構が整備されておりました。
説明によると、これは武田氏が滅んだ後に豊臣氏支配期に設けられた施設跡とのこと。

躑躅20

躑躅21
厩跡。
武田と言えば「馬」のイメージがありますよね(*´▽`*)

躑躅22

躑躅23
復元された土塁

躑躅26
大手口。
武田氏が在りし日もここから信玄公は出撃されたのでしょうか。
感慨深いですね。

と躑躅ヶ崎館はここまで!!
歴史の深さとロマンを感じた場所でした。

と近所の売店の方に聞くと、甲府城もあるとか。
これは連続登城するっきゃないと。
次回13 甲府城へと続く!!
お城探訪⑪「小田原城の巻」
皆さん( ゜▽゜)/コンニチハ!!
今年最後の投稿は、お城めぐりです!!

さて、去る12月11日・・・。
前日ガズーフェスティバルを満喫したエムロックは、次の日にお城めぐりをしようとおもっておりましたが。
「小田原城にいこうか?」「武田神社にいこうか?」で悩んでおりました。

悩んだ結果、今回は小田原城に決定。
朝9:00に出発しました。

小田原1
ホテルの駐車場から見えた富士山。
いつみてもイイね!!

AM10:00頃に無事到着!!
駐車場(有料)に車を止めていざ出陣です。

№11  小田原城
所在  :小田原市 城内
築城年:1418年
主な城主:大森頼春、北条早雲、大久保忠世、稲葉正勝など
遺構:石垣、土塁、堀、堀切

北条早雲が攻略したのち、5代100年にわたって後北条氏の拠点となったお城。
中世城郭としては、最大の総構を持っていて武田信玄や上杉謙信でも攻略できなかった堅城として有名です。
現在の城郭は、江戸時代になり大久保氏が入ってからの近世城郭になった構が残っております。

それじゃあ城攻め開始だ( `ー´)ノ

小田原2
正面から突入!! 丁寧に案内があります。

小田原3
正面にさっそく門が。
レッツゴー( `ー´)ノ

小田原4
この門は、「馬出門」(うまだしもん)と言うのですな。

小田原5
門の壁には、敵を迎撃するための「狭間」が・・・。 こちらを狙っています(;^ω^)

小田原7
門の内側~。
開門時に扉を覆う屋根×2つがありますね。

こういう構造の門を「高麗門」(こうらいもん)というそうです。
この門をくぐって、次の目的地は・・・。

小田原13
銅門(あかがねもん)です。
この城最大の門ですが、今回は改修工事中で、通り抜けできず(*´Д`)
また今度来いってことですね。

小田原16
橋とお堀・・・。
どうやら回り込めば内側から撮影できそうなので、小走りに移動しました( ゚Д゚)

小田原20
裏側は通れました( ´∀`)bグッ!

小田原21
どうやら通行止めだった個所は、銅門までに通じる橋を改修しているようですね。

小田原24
こちらが銅門です。
木の補強に、銅(あかがね)を使用しているからこの名前が使われているとか。
立派( ゚Д゚)

小田原22
この門。
橋から入ってくると、ロの字に囲まれた空間があります。
「桝形」(ますがた)という迎撃システムですね~。

小田原23
狭間が狙っています。
「囲まれてしまいました。」 BSお城見聞録でおなじみのセリフ・・・。 つい言ってしまいますね( ´∀`)bグッ!

小田原26
銅門 二の丸公園側~。
立派×2(^_-)-☆

小田原31
途中で資料館を発見。
チケットを購入して中へゴー( `ー´)ノ

中では、後北条氏の勃興から滅亡までを色んな仕掛けで見せてくれます。
ここに1時間くらいいました(;^_^A

小田原32
さて、北条氏の罠により思いのほか時間が経過してしまいましたが(;^ω^)
本丸へ突き進みましょう。

小田原36
これまたデッカイ門を発見。
「常盤木門」(ときわぎもん)と言うそうな。

小田原37
見るからに堅牢そうな門ですね。

小田原39
門を抜けるとなぜか猿園が・・・。
お出迎えしてくれます。

小田原40
小田原城の天守閣です。
これは、江戸時代以降の天守を再現したものですが、とても綺麗で青空との相性も抜群でした( ´∀`)bグッ!

この中も資料館になっておりますので、お金を払ってゴー!!
資料館内部は撮影禁止です~。

内部には、とても貴重な文書や絵画、甲冑などが展示されており、後北条氏の力の強さが伺えます。

小田原41
5階の天守展望台では、小田原市の街並みを一望できます。
きれいだな~。

小田原43
後北条氏、武田氏、上杉氏の覇権争いの舞台になった場所。
ご先祖様ももしかしたら、上杉謙信の遠征で来ていたかも。 なんて想像すると感慨深いですね。

小田原44
一夜城が建ったあたりが、矢印のところ。
こんなに近くにお城を建てられたんじゃあ、「終わった」という感覚があったのでしょうかね。
この後すぐに北条氏は滅亡しました。


とまあ、こんな風に小田原城を満喫しエムロックの関東遠征は終了(`・ω・´)ゞ
一路雪が吹きすさぶ越後へ引き返していったのでした。

良かったね小田原城、とてもロケーションが良いし、後北条氏がとても民を大事にして、民もそれに答える・・・。
支配ってよりwinwinの関係で成り立っていたんだなと感じました。

これだから、上杉謙信や武田信玄でも落とせなかったんですね。(豊臣秀吉は、規模が違いすきますし、反則でノーカウントです。)

あと、上杉謙信は絶対に、関東遠征を楽しみにしていたと思いますよ。
天気が良くて気分イイし。(北条氏にとってみれば、迷惑この上ないですが。)


と、今年最後のブログを終了いたしました(`・ω・´)ゞ
長文にお付き合いありがとうございます。

2018年が皆様にとって素晴らしい一年になりますように・・・( ´∀`)bグッ!


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鈴鹿サーキットからの帰り道はお城探訪その⑩
皆さん( ゜▽゜)/コンバンハ。
秋がダッシュでやってきて体が追いつかないエムロックです(^_-)-☆

さて、8月25日~28日にいってきた「鈴鹿サーキットレース観戦記」もいよいよ帰路( ;∀;)
そのまま帰るんじゃ寂しいので、「岡崎城」によってみました。
岡崎城①
途中によったハイウェイオアシス刈谷の観覧車。
当初はあいにくの曇り空だったけど岡崎城に着くまでには晴天になりました。(良かった。)

№10  岡崎城
所在  :愛知県岡崎市康生町
築城年:1452年
主な城主:松平清康、徳川家康、松平信康
遺構:天守、石垣、堀

徳川家康の生誕の地として有名!!
家康が関東へ移封となったのち近世城郭として改修された。

桶狭間の戦いで今川義元が討ち死にした後、家康が城を奪い、子の信康が城主となった。

岡崎城②
観光案内。

岡崎城⑤
大手門。
門をくぐると・・・。

岡崎城⑦
家康公がお出迎え💛

岡崎城⑨
忠勝公もいらっしゃいます。
「強そう」

岡崎城⑩
石垣発見!!
テンションアゲアゲ⤴⤴

岡崎城⑪
お堀ですね。深くて防御力が高そうです。

岡崎城⑬
搦め手から見る天守閣。
個人的にはこちらから見る天守閣が好きです。

岡崎城⑮
正面に回るため移動しているとまた石垣。
打込接(うちこみはぎ)でしょうか。

岡崎城⑰
正面に到達!!
近くで発掘作業をしておりました。

今後もっと遺構が発見されれば当時の姿を再現してもらえるかも。
楽しみにしておりますぞ(`・ω・´)ゞ

天守閣の中は資料館になっておりますので当然入りました。
天守閣の中は、写真撮影OKだったりNGだったりが混在しています。

当然私はビビりなので、写真は撮らず脳内に映像を残しました。
鎧だったり当時の武器だったり結構豊富な資料があります。

岡崎城⑳
天守閣からの眺め。

いい眺めです。
この日は風もいい感じで吹いていたのでとても気持ちが良かったです。

岡崎城㉑
天守閣を出て別館の資料館でも徳川の歴史や刀の展示がされておりました。
それにしても・・・。

幕末志士がイケメンすぎる・・・。


と、資料館においても実際に当時の武器の重さを体験できたりと酔っ払いのおっさんたちも狂喜乱舞のひとときを過ごせました。
(実際に3時間近くもいたしな・・・(;´・ω・) )

鈴鹿1000kmが終わってちょっと寂しい気分でしたが、すっかり元気になって帰路につけました。
またくるぜ(^◇^)b


この後車を走らせ無事に新潟県につけましたとさ。
おしまい。



最後まで見ていただきありがとうございます。
忍者アドマックスもよろしくお願いします。




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