がちんこ!!サーキットへの道
お城探訪⑪「小田原城の巻」
2017-12-31-Sun  CATEGORY: お城巡り
皆さん( ゜▽゜)/コンニチハ!!
今年最後の投稿は、お城めぐりです!!

さて、去る12月11日・・・。
前日ガズーフェスティバルを満喫したエムロックは、次の日にお城めぐりをしようとおもっておりましたが。
「小田原城にいこうか?」「武田神社にいこうか?」で悩んでおりました。

悩んだ結果、今回は小田原城に決定。
朝9:00に出発しました。

小田原1
ホテルの駐車場から見えた富士山。
いつみてもイイね!!

AM10:00頃に無事到着!!
駐車場(有料)に車を止めていざ出陣です。

№11  小田原城
所在  :小田原市 城内
築城年:1418年
主な城主:大森頼春、北条早雲、大久保忠世、稲葉正勝など
遺構:石垣、土塁、堀、堀切

北条早雲が攻略したのち、5代100年にわたって後北条氏の拠点となったお城。
中世城郭としては、最大の総構を持っていて武田信玄や上杉謙信でも攻略できなかった堅城として有名です。
現在の城郭は、江戸時代になり大久保氏が入ってからの近世城郭になった構が残っております。

それじゃあ城攻め開始だ( `ー´)ノ

小田原2
正面から突入!! 丁寧に案内があります。

小田原3
正面にさっそく門が。
レッツゴー( `ー´)ノ

小田原4
この門は、「馬出門」(うまだしもん)と言うのですな。

小田原5
門の壁には、敵を迎撃するための「狭間」が・・・。 こちらを狙っています(;^ω^)

小田原7
門の内側~。
開門時に扉を覆う屋根×2つがありますね。

こういう構造の門を「高麗門」(こうらいもん)というそうです。
この門をくぐって、次の目的地は・・・。

小田原13
銅門(あかがねもん)です。
この城最大の門ですが、今回は改修工事中で、通り抜けできず(*´Д`)
また今度来いってことですね。

小田原16
橋とお堀・・・。
どうやら回り込めば内側から撮影できそうなので、小走りに移動しました( ゚Д゚)

小田原20
裏側は通れました( ´∀`)bグッ!

小田原21
どうやら通行止めだった個所は、銅門までに通じる橋を改修しているようですね。

小田原24
こちらが銅門です。
木の補強に、銅(あかがね)を使用しているからこの名前が使われているとか。
立派( ゚Д゚)

小田原22
この門。
橋から入ってくると、ロの字に囲まれた空間があります。
「桝形」(ますがた)という迎撃システムですね~。

小田原23
狭間が狙っています。
「囲まれてしまいました。」 BSお城見聞録でおなじみのセリフ・・・。 つい言ってしまいますね( ´∀`)bグッ!

小田原26
銅門 二の丸公園側~。
立派×2(^_-)-☆

小田原31
途中で資料館を発見。
チケットを購入して中へゴー( `ー´)ノ

中では、後北条氏の勃興から滅亡までを色んな仕掛けで見せてくれます。
ここに1時間くらいいました(;^_^A

小田原32
さて、北条氏の罠により思いのほか時間が経過してしまいましたが(;^ω^)
本丸へ突き進みましょう。

小田原36
これまたデッカイ門を発見。
「常盤木門」(ときわぎもん)と言うそうな。

小田原37
見るからに堅牢そうな門ですね。

小田原39
門を抜けるとなぜか猿園が・・・。
お出迎えしてくれます。

小田原40
小田原城の天守閣です。
これは、江戸時代以降の天守を再現したものですが、とても綺麗で青空との相性も抜群でした( ´∀`)bグッ!

この中も資料館になっておりますので、お金を払ってゴー!!
資料館内部は撮影禁止です~。

内部には、とても貴重な文書や絵画、甲冑などが展示されており、後北条氏の力の強さが伺えます。

小田原41
5階の天守展望台では、小田原市の街並みを一望できます。
きれいだな~。

小田原43
後北条氏、武田氏、上杉氏の覇権争いの舞台になった場所。
ご先祖様ももしかしたら、上杉謙信の遠征で来ていたかも。 なんて想像すると感慨深いですね。

小田原44
一夜城が建ったあたりが、矢印のところ。
こんなに近くにお城を建てられたんじゃあ、「終わった」という感覚があったのでしょうかね。
この後すぐに北条氏は滅亡しました。


とまあ、こんな風に小田原城を満喫しエムロックの関東遠征は終了(`・ω・´)ゞ
一路雪が吹きすさぶ越後へ引き返していったのでした。

良かったね小田原城、とてもロケーションが良いし、後北条氏がとても民を大事にして、民もそれに答える・・・。
支配ってよりwinwinの関係で成り立っていたんだなと感じました。

これだから、上杉謙信や武田信玄でも落とせなかったんですね。(豊臣秀吉は、規模が違いすきますし、反則でノーカウントです。)

あと、上杉謙信は絶対に、関東遠征を楽しみにしていたと思いますよ。
天気が良くて気分イイし。(北条氏にとってみれば、迷惑この上ないですが。)


と、今年最後のブログを終了いたしました(`・ω・´)ゞ
長文にお付き合いありがとうございます。

2018年が皆様にとって素晴らしい一年になりますように・・・( ´∀`)bグッ!


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鈴鹿サーキットからの帰り道はお城探訪その⑩
2017-09-05-Tue  CATEGORY: お城巡り
皆さん( ゜▽゜)/コンバンハ。
秋がダッシュでやってきて体が追いつかないエムロックです(^_-)-☆

さて、8月25日~28日にいってきた「鈴鹿サーキットレース観戦記」もいよいよ帰路( ;∀;)
そのまま帰るんじゃ寂しいので、「岡崎城」によってみました。
岡崎城①
途中によったハイウェイオアシス刈谷の観覧車。
当初はあいにくの曇り空だったけど岡崎城に着くまでには晴天になりました。(良かった。)

№10  岡崎城
所在  :愛知県岡崎市康生町
築城年:1452年
主な城主:松平清康、徳川家康、松平信康
遺構:天守、石垣、堀

徳川家康の生誕の地として有名!!
家康が関東へ移封となったのち近世城郭として改修された。

桶狭間の戦いで今川義元が討ち死にした後、家康が城を奪い、子の信康が城主となった。

岡崎城②
観光案内。

岡崎城⑤
大手門。
門をくぐると・・・。

岡崎城⑦
家康公がお出迎え💛

岡崎城⑨
忠勝公もいらっしゃいます。
「強そう」

岡崎城⑩
石垣発見!!
テンションアゲアゲ⤴⤴

岡崎城⑪
お堀ですね。深くて防御力が高そうです。

岡崎城⑬
搦め手から見る天守閣。
個人的にはこちらから見る天守閣が好きです。

岡崎城⑮
正面に回るため移動しているとまた石垣。
打込接(うちこみはぎ)でしょうか。

岡崎城⑰
正面に到達!!
近くで発掘作業をしておりました。

今後もっと遺構が発見されれば当時の姿を再現してもらえるかも。
楽しみにしておりますぞ(`・ω・´)ゞ

天守閣の中は資料館になっておりますので当然入りました。
天守閣の中は、写真撮影OKだったりNGだったりが混在しています。

当然私はビビりなので、写真は撮らず脳内に映像を残しました。
鎧だったり当時の武器だったり結構豊富な資料があります。

岡崎城⑳
天守閣からの眺め。

いい眺めです。
この日は風もいい感じで吹いていたのでとても気持ちが良かったです。

岡崎城㉑
天守閣を出て別館の資料館でも徳川の歴史や刀の展示がされておりました。
それにしても・・・。

幕末志士がイケメンすぎる・・・。


と、資料館においても実際に当時の武器の重さを体験できたりと酔っ払いのおっさんたちも狂喜乱舞のひとときを過ごせました。
(実際に3時間近くもいたしな・・・(;´・ω・) )

鈴鹿1000kmが終わってちょっと寂しい気分でしたが、すっかり元気になって帰路につけました。
またくるぜ(^◇^)b


この後車を走らせ無事に新潟県につけましたとさ。
おしまい。



最後まで見ていただきありがとうございます。
忍者アドマックスもよろしくお願いします。




-A8記事下-




コメント21
お城探訪⑨(村上城の巻)
2017-07-25-Tue  CATEGORY: お城巡り
皆さん( ゜▽゜)/コンバンハ。
エムロックです。

さて、とっても久々の「お城探訪」 先週の土曜日に行ってまいりました(`・ω・´)ゞ

村上城とは?
概要は下記のとおりです。

№9  村上城
所在  :新潟県村上市二之町
築城年:16世紀初頭
主な城主:本庄繁長、村上頼勝など
遺構:石垣、堀

上杉謙信の家臣であった本庄繁長が反旗を翻した際に、約1年間も籠城戦を繰り広げた要害です。
上杉家が会津移封後、村上氏が改修を行って近世城郭へと姿を変えました。

村上①

上越市から約2時間で到着!!
久々のお城探訪でワクワクしております(^_-)-☆
※ 駐車場がせまくスペースが限られます。 お越しの際は、近所の方の迷惑にならないように注意してくださいね( ˘ω˘ )

村上②

城主居館跡。
昔、この空間に城主家族が住んでいたんですね。

村上③

村上④

一文字門跡地&登城口
村上城の本丸は、135m登った頂上にあります。
七曲り道・・・ ヤバそうだぜ(;´・ω・)

村上⑤

やっぱり厳しい!!
しかし、道は地域の方々がきれいに整備されている模様。
「感謝!!」

村上⑥

息を切らせて登る事15分。
石垣が見えてきました。 
おおっ 立派だな( `ー´)ノ

村上⑦

案内看板を見ると、「本丸」と反対側に「三の丸」があるとの事、先にこっちを攻略だ!!

村上⑧

三の丸~!!
広いけど、ロープが・・・。

どうも山百合が自生しているようで、地元の方々が保全活動をされているようです。
微妙なところは立ち入り注意!!

村上⑨

三の丸を見て看板まで戻ってくると「中世散策コース」の案内が・・・。
戦国時代の遺構がある模様です。

辛そうだけどいってみます(`・ω・´)ゞ

村上⑩

この城は門が多いですね。

村上⑪

またもや門。

村上⑫

ほぼ山道(;´・ω・)
と思ったらここは「帯曲輪」との事。
今まで見たお城にはなかったな。

村上⑬

(;´・ω・) (;''∀'') (;´Д`)
汗まみれ(笑)

ようやく本丸にたどり着きそうです。

村上⑭

手・手振れ(;´Д`)
しかし、立派な高さの石垣でした。

村上⑯

ここに冠木門があったとの事。

村上⑱

ここに柱がささっていたんでしょうか。

村上⑰

村上⑲

山百合。
きれいだね。

村上⑳
村上城本丸からの城下の景色!!
良い眺め!!

いやー 疲れたけど久々のやっぱり城めぐりは面白い!!
次はどこに行こうかな?

それじゃあまた明日。


― 忍者アドマックス ―
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勝手に偉人伝④
2017-05-25-Thu  CATEGORY: 勝手に偉人伝
皆さんご苦労様です(`・ω・´)ゞ
エムロックです。

今日の投稿は「勝手に偉人伝」です(∩´∀`)∩
本日は、この人!! 「今川義元」(1519~1560) です。(Eテレの「知恵泉」で、この話を聞いて学びました。)

どんな人?
戦国時代の人物で、「戦国大名」の先駆けみたいな人ですね。
分国法である「今川仮名目録」や「寄親・寄子制度」など、他の大名もお手本とした法令などをいち早く導入したやり手武将です。
残念ながら「桶狭間の戦い」で討取られた影響で、「公家かぶれ」や「油断してやられた凡将」など信長の引き立て役のような散々な扱いですが、才能あふれる人だったようですな。(詳しくは・・・・ Wikipediaでも見てくだされ。)

私が勝手に学んだこと
それは、 「ウィンウィンは、飛躍する原動力!!」です。

今川義元は、異母兄弟との家督相続争いに勝って、家督を継ぎますが争った後は、領民や家臣に認められなければ領地経営もなりたちません。
そこで、義元は「公家」などを保護したり交流を持ったりして、京都とのパイプを築き上げます。
その甲斐あって時の将軍「足利晴」から一時貰って、元と名乗ることを許されるのです。(普通は、下の名前を貰うとのこと。)
このネームバリューによって、家臣も領民も義元に従うのでしたぁ。(知恵泉より)

これは、いかに義元が優れても一人じゃできませんよね。
お公家さんと交流を持っていたからこその快挙だと思います。

また、年貢を領民から徴収する「代官」が中間マージンを取って農民が苦しんでいるとき、「代官」を廃止して農民の自治を認めその代わり年貢を少し増額する。など両方が得する方法を進んで取り入れたりしました。

詳しい制度などは、専門家に任せるとして、大事なことは「ウィンウィン」の関係であると思いました。
物事を人に頼むとき、こちらばかりが得をしても、相手ばかりが得をしても長くは続かない・・・。
両方の折り合いをつけ、一人勝ちしない事が、結局は大きな利益を生む。

ウィンウィンを実現するには、相手の気持ちを理解する事が重要であると思いましたねぇ。
今回の知恵泉は、とても勉強になりました(^_^)/



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勝手に偉人伝③
2017-05-16-Tue  CATEGORY: 勝手に偉人伝
皆さん( ゜▽゜)/コンバンハ。
エムロックです!!

最近は朝も暖かくなってきましたね。
さて、勝手に偉人伝のお時間ですよ。

今回は、 「上杉謙信」(1530~1578) です。
我が上越市のヒーローです٩( ''ω'' )و

どんな人?

日本の戦国時代の武将で、もともとは越後上杉家の守護代「長尾氏」の生まれで長尾景虎と言われておりました。
めっぽう戦に強くて「」の旗にあるように、領土拡大のための戦はしなかったそうな。(略奪はしてましたが(;^ω^) )
同時代の戦国武将、武田信玄や北条氏康などとしのぎを削り、「軍神」<などとも言われております。(詳しくはWikipediaで確認してね。)

私が勝手に学んだ事

学んだ事は、 「どちらかに決めよう」です。
謙信公は、「義」の旗の下、関東や信濃、北陸と幅広い地域に出兵しましたが、敵を蹴散らしては越後に帰ってしまったため、春になると元の状態に戻ってしまいました。
戦国時代の影響って結構現代にも続いていて、天気は関東甲信、そして越みたいな言い方になっているし、業界を統括する省庁も関東だったり北陸だったりと。

新潟って中途半端・・・。
何地方なんでしょって思っちゃう。
どちらか一方に集中していたら天下統一してたりして。

と歴史って現代までに続いているんだなと学んだエムロックでした。(話がまとまらん(;^ω^)、適当なブログですみません。)


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