古戦場巡り①(川中島古戦場)

皆さん( ゜▽゜)/コンバンハ。
1月4日より仕事はじめでございました・・・

疲れました。

さて、1月2日に松代城に行ってきたんですが、その足で川中島古戦場へ行ってきました。
これから、古戦場巡りもアップしていきますヨ(^_-)-☆

川中島古戦場
上杉謙信と武田信玄が死闘を繰り広げた激闘の場所です。
最も激しい第4次合戦においては、武田方が軍師の山本勘助や弟の武田信繁など重臣が戦死するなど戦闘面では上杉に軍配が上がったかなと思ってます。
しかし、海津城(松代城)の建築や善光寺の本尊を持ち帰られるなど、戦略面では北信濃の実権を武田家に奪われた点は、武田家が勝ったのかなぁ(・・・ 個人の意見です(;´・ω・) )
では、古戦場を巡ってみましょう。

川中島①
っていきなり食べ物かい!!

いやー朝から何も食べずに移動していたことに気づきまして(n*´ω`*n)
「新そば」を出してくださるとの事なので、「そば蔵」さんで新そばをいただきました。
うまし!!(あと、ここって漬物お代わり自由なんですよね」

川中島②
ただし!!
このお蕎麦屋さんのすぐそばに「胴合橋」と言われる、山本勘助が打ち取られた際に、部下が首を取り戻し残った胴体と合わせた場所と言い伝えられる橋があるんですねぇ。

川中島③

川中島④
奥に見えるのが、お蕎麦屋さん。
勝手口の前にかかる橋みたいな風情。

川中島⑤
感激スポットです( `ー´)ノ

川中島⑥
さて、おそばを食べ終えて車で2~3分ほどで「八幡原」へ到着。
第4次川中島の戦いの激戦地です。

川中島⑦

川中島⑧
合戦図。
時間が早ければ、ボランティアの方が説明してくださいます。

川中島⑨
逆光(;´・ω・)

川中島⑩
信玄に切りかかる謙信の像。
「ありえねぇー」な場面ですが、
私はあってほしいなと思う伝説の場所です。

以上、1月2日の探訪記でした。
いやぁ歴史っていいですね。
さいなら、さいなら、さいなら。

また次回!!

拙者の拙い文書を最後までご覧くださり誠に恐縮に存じます。
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お城探訪⑧(松代城の巻)

皆さん( ゜▽゜)/コンバンハ!!
エムロックです。

さて、1月2日に上田城の「大河ドラマ館」にリベンジしたわたし・・・
その足で、今年初めてのお城探訪をかましましたよ( `ー´)ノ

今回は、松代城です。
概要は下記のとおり・・・

№8  松代城
所在  :長野県長野市松代町
築城年:1558年
主な城主:武田信玄、真田信之
遺構:石垣、土塁、堀

川中島の戦いの前線基地として、築かれた城。(当時は、海津城)
江戸時代になると、真田信之が入城し近世城郭として松代城を形成した。

松代⑦
上信越自動車道の長野ICから5分ほどで到着。
駐車場は、午後5時でしまってしまいますので、注意(;´Д`)

松代⑧
駐車場から歩いていくと、裏門(搦め手側)が見えてきました。

松代⑨
指は言ってますね(;´・ω・)
在りし日の松代城の姿。

松代⑪
裏門から失礼しまーす。
名称は、「北不明門」(キタアカズモン)

松代⑩
北不明門のお姿・・・
この門が個人的には好きですね。

松代⑫
門をくぐると、周りを囲まれている「桝形」になってます。
本来は、この石垣にも壁があり四方から攻撃されることでしょう。
昨年末のNHKの実証番組でも、見事に3~4倍の人数をこの門の前で撃破しておりました(^_-)-☆

松代⑬
海津城址の碑

松代⑭
松代城下のながめ。

松代⑮
お堀。
カモが泳いでいました。

松代⑯
西門から出て、ぐるりと回ると見えてきました。「表門」

松代⑰
太鼓門斜め方向写真。
かっこいいぜ!!

松代⑲

松代⑱
橋と門の組み合わせがとてもきれいなお城ですね。
大河ドラマの一場面にぴったりです。

松代⑳
立派ですねぇ。
松代の人たちのこのお城に対する気持ちが詰まっています。

松代21
現在復元されている規模は、小規模なのですぐに回れますが、石垣や門が大変きれいな個人的には1番好きなお城です。

松代22
お城探訪は、ここでお終いです。
この付近には、川中島古戦場や妻女山など伝説の地がたくさんあります。

実は、川中島古戦場も行ったんですヨ(^_-)-☆
次回は、「古戦場探訪」でお会いしましょう。

つづく。

最後まで読んでいただきありがとうございましたm(__)m
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大河ドラマ館からの~

皆さん( ゜▽゜)/コンバンハ。
エムロックです。

お正月といっても出かけずにいられない性分なので、先月財布を忘れて入れなかった、「真田丸大河ドラマ館」いってきました(^^)/

松代①
何といっても今日は天気が良かった(^_-)-☆
妙高山がくっきりですぞ!!

松代③
・・・と良い気分で、やってきましたドラマ館(早っ(;´・ω・) )
さすがに、人でごった返してました。

松代④
ドラマに使用された甲冑などが展示されております。
(なかには撮影できない展示物もありますので、ご注意を!!)

松代⑤
真田丸セット!!

松代⑥
いやー狭いなかで人・人・人なもんで、息ができない(;´・ω・)
つ・つかれた・・・・。
とお土産屋さんの2階にいくと、真田三代の甲冑が飾ってありました。
(信之はないのね(;´・ω・) )

これで、先日のリベンジ達成!!
この足で次のお城へ向かうのであった・・・・

つづく。

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お城探訪⑦(上田城の巻)

皆さん( ゜▽゜)/コンバンハ。
エムロックです。

メリークリスマスですね。
私は昨日 上田城を見てきました。
今年話題の「真田丸」の舞台ですねぇ(*´▽`*)

では、概要です。
№7  上田城
所在  :長野県上田市二の丸
築城年:1583年
主な城主:真田昌幸、仙石忠政、松平忠周
遺構:櫓、石垣、土塁、堀

言わずと知れた、「真田昌幸」の居城にして、上田城の戦いの舞台として有名ですね。
ここで、徳川勢は、2度も撃退されております。
しかし、関ケ原の戦いで西軍についてことで破城、その後仙石氏によって再建されております。

上田城①
上信越道は、ふぶいていたのでこちらのお天気も心配しておりましたが、なんと晴れ(^◇^)
だけど・・・寒い(゚д゚|||)

上田城②
寒空に浮かぶ上田城。

上田城③
駐車場付近は、公園になっており、周辺にお住いの方々の憩いの場となっています。
順路にそってお城探訪します(^-^)/

上田城④

上田城⑤
南櫓です。
この櫓は、一部岩盤に乗っかっているんですね。

上田城⑦
順路にそって歩いていると・・・
大河ドラマ館発見。

早速中に入ってみようと財布をとろうとしたら・・・
「あ・玄関に置いてきた(;゚Д゚)」
ま、まさかの財布忘れで、中にはいれず(T_T) (入場料 大人600円いります。)
何やってんだか・・・ すみません。 (平成29年1月15日までやっているそうなので、リベンジします。)

上田城⑧
仕方ないので、場内の探索を再開します。
大手門。
上田城⑨
真ん中に、大きな石があるのがわかります?
真田石と言うそうな。

上田城⑩
説明看板。

上田城⑪
大手門をくぐると・・・
真田神社が。
前来たときはなかったよな(;´・ω・)
時勢にのってますなぁ

上田城⑬
北西隅櫓跡。
元々、上田城は各隅に櫓を配置していたとか。

上田城⑫

上田城⑭
上田城の成り立ち。
家康の命で、対上杉、北条の目的で作らせたはずなのに、できた段階で真田昌幸が上杉についてしまったということが書いてあります。
海千山千の武将が鎬を削るなかで、やっぱり昌幸の智謀は群を抜いてますね(;´・ω・)

上田城⑮
百間堀
広く深い堀が、この城の防御力を上げてます。

上田城⑯

上田城⑰
本丸西櫓。
上田城⑱
西櫓から見渡す上田市街。
この季節は、3時を回るとすでに薄暗いですが、この景色はきれいだなぁと思いました。

上田城⑲
帰り際に、全景をパチリ。
日差しも出てくれて、お見送りしてくれているかのようでした。

上田城㉑
みんないい笑顔ですな。
大河ドラマと合わせて、活気がある上田城下町でした。

この後、帰りの道はふぶいておりまして。
車が塩まみれになったのは、言うまでもない(;´Д`)


最後まで読んでいただきありがとうございましたm(__)m
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秀吉はどうやって出世したのだろう? その①

皆さん( ゜▽゜)/コンバンハ。
エムロックです。

先週大河ドラマが終わりましたね(T_T)/~~~
真田丸ロスです。

さて・・・大河ドラマで戦国時代を題材にする場合、信長、秀吉、家康ってかなりの確率で配役されますよね。
その中で、秀吉って農民から関白まで上り詰めた「戦国ドリーマー」であると思っております。

今の世でも、出世するために努力している方は大勢いると思いますが、とても特殊な戦国大名ですよね。
「なんであんなに出世できたんだろ?」 と思ったので、私なりに独り言を書いてみます。

※ ここから先は、長文かつ自分の主観による勝手な妄想で書いておりますので、時代考証等はあまあまです。耐えられる方だけよんでね(*‘ω‘ *)

さて、以下のテーマで語ってみよう。
① 秀吉って出自が怪しくね? そんな奴雇ってくれる所あるの?
② 足軽から出世したっていうけど、足軽死亡率高そうじゃね? 出世する前に死んじゃうんじゃない? ・・・です。

①ですが、秀吉の出自って怪しいんですよね。 農民だったとか、針売りだったとか色々な説がありますね。
そんな秀吉を雇ってくれる会社あるんですかね? まず出世前に就職できないんじゃないの? と疑問に思ったんですが、時は戦国時代、人出は多いに越したことないし、身分制度がはっきりしていない時代なので、下級身分の人でも雇ってもらえたのかね?戦国時代は、足軽って兵科ができて、今までの大鎧をつけた武者同士の一騎打ちの時代は終わっていたんですよねぇ?
そうすると①は、時代が秀吉にチャンスを与えたので就職できる!! という事で。

② 足軽っていっても、一言で言えば「雑兵」ですよね? 上級武士からすれば、使い捨てのようなものなのかしら? よく戦争映画でも歩兵って、かなりの確率で死にますよね。
運よく就職できた秀吉くんも、手柄を取る前に死んじゃうんじゃない? ・・・と思ったわけです。
秀吉って小柄なイメージあるので、プロレスラーみたいなやつらが、槍をぶん回して馬乗って襲い掛かる戦場で、足軽で挑んだら確実に死ぬよな・・・
これも、私の想像ですがよくドラマだと戦場で活躍して出世しますが、秀吉はみんなと同じ仕え方しなかったんじゃなかろか?
戦場で、命がけで戦ってももらいが少ないと思った秀吉くんは、みんながやらない内向きの仕事や兵糧の手配のお手伝いなどで、力を発揮したんじゃなかろか?
他の大名家だとそんなに評価されなくても、織田信長は情報や兵站を重要視していたと思うので、上司の評価ポイントの高い仕事で頑張ったんじゃないだろうか?
秀吉って信長からは、気に入られたけど周りから嫌われていた描写が多いんですよね。 戦国時代って女っぽい顔立ちってだけで、小便かけられる世の中なので(竹中半兵衛とか) 武勇で出世しなかった人の嫌われぶりがものすごいですよね。(石田三成とか) 秀吉もそうだったんじゃないかな・・・

体育会系全開の職場で、事務仕事をする職員はけっこう苦労するだろうなぁ(;´Д`)
体育会系全開の人あまり得意じゃないので・・・ (;´д`)トホホ

そんな秀吉であってほしいエムロックでしたぁ。

※ 最後まで読んでくださりありがとうございました(*‘ω‘ *)
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プロフィール

エムロック

Author:エムロック
🚙性別:男
🚙好きな物:車、お城、氷室京介
🚙乗ってる車:インプレッサWRX-STI A-LINE
🚙サーキットに憧れる、30代のおっさんです。車関係や日々の記録を綴っていきたいと思ってます(*'▽')

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